ひとことで言うとトレンチコートは、第一次世界大戦で英国の陸軍が塹壕(戦場に掘る溝)で着たコートが元とされ、肩や腰の部品の多くに戦場での役目があったとされます。
この記事で分かること
- どんなコートで、どこが目印か
- 肩・前・背中・袖口・腰の部位の名前と、何のためにあったか
- 「トレンチコート」という名前が、いつから使われていたか
- 最初に作ったのは、どの会社なのか
- 似たコート(チェスターコート・ステンカラーコート)との見分け方
テーマ: コート
肩の細いベルト、腰の D 字形の金具(Dカン)、背中の上に重ねた布。トレンチコートの部品にはそれぞれ名前があり、戦場での役目があったとされます。
この記事では、部品の名前と役目を前と後ろの図で示します。名前が使われ始めたころの誌面と広告も、当時の紙を開いて確かめました。
名前の「トレンチ」は、英語で塹壕を指す言葉とされます。では、この名前はいつから使われていたのでしょうか。
トレンチコートとは?「トレンチ」は塹壕のこと
トレンチコートは、第一次世界大戦中に英国陸軍が塹壕戦用に着たコートとされます。腰を絞るベルトと、肩のエポレット・前のガンフラップ・袖口のカフストラップが目印とされます。
trench は英語で塹壕(戦場に掘る溝)を指す言葉とされ、名前もこの戦争の塹壕に由来するとされます。
生地は、防水の綿のギャバジン(綾織りの、目の詰んだ布)が一般的だという説があります。バーバリーのギャバジンは、織り上げた布ではなく、織る前の糸に防水の加工をした生地とされます。
「肩のタブに、袖口のベルト。ふだん何気なく留めてる部品にも、ちゃんと名前があるんだよねぇ」
前を深く重ねて、ボタンを2列に並べた作りを、ダブル(両前)と呼びます。トレンチコートの前は、このダブルだったとも言われます。
なぜダブルなのかは、資料によって分かれます。将校の軍服に合わせたという説と、風向きに応じて合わせを変えられるからという説があります。
詳しく見る:生地のことと、いまに残る形
素材は防水の綿のギャバジンが一般的だという説があります。ギャバジンは、綾の角度が約60度の、目の詰んだ綾織りの生地とも言われます[1]。
当初はウールのギャバジンで、のちに撥水性の高い綿のギャバジンが広まったという説もあります。当時のギャバジンには、綿のほかウールのものもあったとされます[2][3]。
バーバリーのギャバジンは、織り上げた布ではなく、織る前の糸に防水の加工をした生地とされます[3][4]。
丈夫で水をはじきながら通気もある生地だったという説があります。軽い防水の生地は、当時のゴアテックスのような技術の進歩だった、と見る軍事史家もいます[3][4]。
腰から下はひざ丈に広がり、泥を引きずらずに動ける長さだったという説があります[3]。
形は、素材を替えても残りました。2014年春夏のバーバリー・プローサムには、ライラック色のレースで作りながら、広い襟、共布のベルト、袖口と肩のストラップを残した1着があるとも言われます。バーバリーは毎シーズン、この形に立ち返って作り直しているとも言われます[4]。
トレンチコートの部位の名前と、戦場での役目
肩のエポレット、前の当て布のガンフラップ、背中のストームシールド、腰のベルトと D リング。どの部品にも、雨よけや装備を付けるといった戦場での役目があったとされます。
目印になる4つを下の見出しで、襟・袖・袖口などのほかの部位をこの表で紹介します。
| 名前(別名)・場所 | 形と役目 |
|---|---|
| ナポレオンカラー(襟) | 首に沿って立ってから折れる上の襟と、大きな下の襟を組み合わせた襟。首元はボタンで閉じられ、ガスマスクの縁を襟の中に押し込んで気密を高めたという説もある(毒ガスの大規模な使用は1915年4月から) |
| スロートタブ(スロートラッチとも)・襟元 | 襟を立てたときに、のど元に当たる小さな留め布。風が入るのを防ぐ部品とも言われる |
| ラグランスリーブ(袖) | 首まわり(襟ぐり)から脇の下へ、縫い目で切り替えた袖。トレンチの袖はこの形とされる。クリミア戦争で英国のラグラン将軍が考えた袖だという説がある |
| カフストラップ(袖ベルトとも)・袖口 | 袖口を締めるベルト。風や雨が袖から入るのを防ぐとされる |
| ポケット(前) | 大きく深く、地図などを入れるのに役立ったという説がある |
| 取り外せる裏地(内側) | 暖かい裏地を取り外せるものが多く、非常時の寝具にもなったという説がある。1916年にニューヨークの店が売ったトレンチコートも、ラクダの毛の裏地を取り外せた |
エポレット(肩のタブ)
肩に付いた細いベルト状のタブを、エポレット(肩章とも)と呼びます。記章を付けるためのものとされます。
階級を示す肩章だったという説や、武器などの留め具にも使ったという説もあります。
ガンフラップ(前の当て布)
前の肩から胸のあたりに重ねた当て布を、ガンフラップ(ガンパッチ、ストームパッチとも)と呼びます。銃の当たりを和らげるためとされます。
雨が染みるのを防ぐという説や、通気のための部品だという説もあります。付く場所も、資料によって肩口と右胸に分かれます。
ストームシールド(背中の上の布)
背中の上に重ねた、短いケープのような布をストームシールドと呼びます。ケープバック(ケープドバック)とも呼ばれ、アンブレラヨークとも言われます。
肩を覆って雨を外へ流す役目があり、軍の雨よけのケープから取り入れたという説があります。
ベルトと D リング(腰の D の金具。Dカンとも)
腰のベルトに付いた D 字形の金具を、D リング(Dカン、D環とも)と呼びます。装備を吊るすためのものとされます。
双眼鏡・地図入れ・剣・拳銃などを吊るせるようになっていたらしい、という説があります。
ここがポイント
D リングに手榴弾を吊るしたという話がありますが、確かめられる資料は見つかっていません(編集部調べ、2026年10月)。
詳しく見る:部品の説明と呼び名の分かれ方、D リングを探した範囲
エポレットは、肩章の台とする資料と、武器などの留め具とする資料があります。どちらか一方を選ぶ話ではなく、並べて書けます[1][3]。
ガンフラップは、雨よけの当て布とする資料[1]と、通気のための部品とする資料[3]があります。銃の当たりを和らげるとする点では2点が一致します。どれが本来の役目かは、いまの資料では決められません[1][2]。
付く場所は、肩口とする資料[3]と、右胸とする資料[2]があります。
背中の布の呼び名は、資料によってストームシールド[5][6]と、ケープバック(ケープドバック)[1][7]に分かれます。
アンブレラヨークの語は、ゴルフ用の上着の背中の部品にも使われる、とも言われます[2]。
1914〜18年の当時の紙には、背中の部品の名前は見つかっていません(編集部調べ、2026年10月)。どの名前も、後の呼び名とみられます。
軍物の上着約450点の写真を集めた本も開きましたが、D リングの記述そのものがなく、手榴弾の話もありませんでした[8]。
手榴弾の話を探したのは、記事末の「参考にした資料」のうち、背中の呼び名のために足した3点([5]〜[7])を除いた12点です。挙がる用途は、剣・双眼鏡・地図入れ・拳銃でした[3]。
「トレンチコート」という名前は、いつからある?
遅くとも1914年12月には、ロンドンで「トレンチコート」という名前が使われていました。印刷物では1916年が最初とする説明より前です。
「”いつから”を確かめるなら、会社の話より、当時の雑誌と広告を開くのがいちばんなんだよねぇ」
1914年12月には、戦地へ持っていく装備の一つとして、ある「トレンチコート」がロンドンで紹介されていました。
体を動かして暖まることのできない吹きさらしの持ち場で、特に暖かさが要る人のために作ったので、そう呼ぶのだといいます。
そのコートは、肌の側から羊の毛皮の裏地、油を引いた絹の中綿、防水の表地を重ねた3層でした。防水の綿のギャバジン1枚で作るコート、というよくある説明とは、作りがだいぶ違います。
翌1915年1月には、ロンドンの軍服の仕立て屋スレッシャー&グレニーが、「スレッシャー」トレンチコートの名でコートを売っていました。
「風・雨・泥に強い」とうたい、表は硬いカーキ色の布(ドリル)、裏は羊の毛皮で、特別な中綿で完全な防水にしたという品です。1914年の暮れから翌年の初めには、記事にも店の売り物にも、この名前が使われていたことになります。
この語が印刷物に初めて出たのは1916年だという説があります。ただ、確かめた範囲では、それより前の誌面と広告で、この名前はもう使われています。
詳しく見る:1914年の紹介の続き、1915〜1917年の売り物
1914年12月の紹介は、戦地の装備を選ぶ連載の一回分で、見出しも本文も「トレンチコート」の語を引用符でくくっています。3層のコートは重いが、冬の塹壕にこもる者には重さより暖かさだ、と続きます[9]。
1916年を初出とする説明より前に、この語が使われていたことは確かめました。ただ、どれが本当の初出かは、ここでは決めません[3][9][10]。
スレッシャーのトレンチコートの値段は6ポンド6シリングで、胸囲とおおよその身長を知らせれば、在庫の寸法をすぐ送るとしていました。1月27日にも同じ文面で売り出しています[10]。
当時のコートは、防水と保温を生地1枚ではなく、層を重ねて作っていました。1916年にニューヨークのアバクロンビー&フィッチが売った「トレンチコート」も、裏地と中綿を重ねていました[11]。
そのコートは、ウールのギャバジンに格子柄のウールの裏地を付け、油を引いた絹を中綿に挟み、さらにラクダの毛の裏地を取り外せるようにしていました。「男性用にも女性用にも」とうたって売っています[11]。
民間への広まりは、戦時中からとする資料[3]と、戦後からとする資料[4]があります。
1915年4月9日には、シカゴのマンデル・ブラザーズの紳士服売り場が、「トレンチ」コートを「自動車に乗る人に最適」とうたって売っていました。欧州の戦線の将校のコートと同じ生地だ、という触れ込みです[12]。
1917年10月には、ニューヨークの B. アルトマンが、3〜10歳向けの「陸軍将校の型」のトレンチコートを売っています。少なくとも米国の店では、戦時中から民間に売られていました[11][12][13]。
アクアスキュータムが一般向けに売り始めたのを1930年前後とする資料もありますが、これは同社に限った話です[2]。
最初に作ったのはバーバリー?
決め手になる資料は、まだありません。バーバリーとアクアスキュータムが、それぞれ起源を主張しています。
開発に加わった会社としても、この2社を挙げる説があります。どちらにしても、戦前からあったコートを作り替えたものとされます。
ただ、作り替える元になったコートは、資料によって将校用とスポーツ用に分かれます。
1912年の「タイロッケン」の特許などから、バーバリーの主張の方が強いかもしれない、という見方もあります。それでも、本当のところは誰にも分からないとも言われます。
ここがポイント
いまの資料では、どちらが最初かは決められません。確かなのは、遅くとも1914年の暮れには、ロンドンで「トレンチコート」という名前が使われていたことです。
詳しく見る:両社の主張の細部と、まだ開けていない資料
バーバリーの側の話として、1914年に陸軍省の依頼で自社の将校用コートを当時の戦い方に合わせて作り替え、それがトレンチコートと呼ばれるようになった、という説があります[4]。
アクアスキュータムは、クリミア戦争の頃(1853年)から将校に防水加工のウールのコートを納めていたとも言われます。同社が1914年に英国軍のために開発したという説もありますが、これは同社の商品を紹介する説明です[2][3]。
バーバリーの側には、ボーア戦争の頃から同社のカーキ色のギャバジンの雨よけが将校の装備だった、1912年に取った「タイロッケン」の特許はベルトと広い襟の付いたひざ丈のコートだった、という説もあります[3]。
社名のアクアスキュータムは、ラテン語の aqua(水)と scutum(盾)を合わせたものとも言われます[3]。
1914年の作り手も、資料によってバーバリーとアクアスキュータムに分かれます。1912年の特許も陸軍省の記録も、編集部はまだ原本を開けていません[2][3][4]。
詳しく見る:1853〜1942年の年表(13行)
当時の紙を開いて確かめた行は番号だけを付け、1点の資料による行には「(一説)」と添えました。
| 年 | 出来事 | 資料 |
|---|---|---|
| 1853年〜 | アクアスキュータムが将校に防水加工のウールのコートを納める | [3](一説) |
| 1879年 | バーバリーがギャバジンを考案(1880年に売り出したとする資料もある) | [3](一説)/[4] |
| 1912年 | バーバリーが「タイロッケン」の特許を取る | [3](一説。原本は未確認) |
| 1914年 | 陸軍省の依頼で、バーバリーが将校用コートを作り替える | [4](一説) |
| 1914年 | 同じ年にアクアスキュータムが英国軍のために開発した、という説もある | [2](一説) |
| 1914年12月 | ロンドンで「トレンチコート」の名のコートが紹介される | [9] |
| 1915年1月 | ロンドンの軍服の仕立て屋が「トレンチコート」の名で売る | [10] |
| 1915年4月 | シカゴの店が「トレンチ」コートを自動車に乗る人向けに売る | [12] |
| 1916年 | ニューヨークの店が、男女兼用のトレンチコートを売る | [11] |
| 1917年10月 | ニューヨークの店が、子ども用(3〜10歳)のトレンチコートを売る | [13] |
| 1924年 | バーバリーが自社の格子柄をトレンチコートの裏地に使う | [1](一説) |
| 1941年 | 映画『マルタの鷹』で、ハンフリー・ボガートがアクアスキュータムのトレンチコートを着る | [3](一説) |
| 1942年 | 映画『カサブランカ』のボガートのトレンチコート姿を、いまのトレンチのイメージの始まりとする説もある | [2](一説) |
トレンチコートとチェスターコート・ステンカラーコートの違い
見分ける目印は、襟の形と、肩のエポレットや腰のベルトといった部品だとされます。
チェスターコートは、ひざ丈のテーラード型(背広型)のコートだという説があります。名前は、19世紀のチェスターフィールド伯に由来するとされます。
| トレンチコート | チェスターコート | |
|---|---|---|
| どんなコートか | 第一次世界大戦中に英国陸軍が塹壕戦用に着たコートとされる | ひざ丈のテーラード型(背広型)のコートという説がある |
| 典型の襟 | ナポレオンカラーとも言われる。首元をボタンで閉じられる | テーラード型の襟。古典的な型は、上の襟(上襟)にベルベット(ビロード)を付けるとも言われる |
| 典型の前 | ボタンが2列のダブル(両前)とも言われる | ボタンが1列のシングルで、そのボタンを布で隠した前(比翼)とも言われる |
| 名前の元 | 第一次世界大戦の塹壕とされる | 19世紀のチェスターフィールド伯とされる |
表は典型の形を並べたもので、どちらにも例外がありえます。
ステンカラーコートの「ステンカラー」は、襟の呼び名です。前の部分を首に沿って折り返した襟のこととも言われます。
ただ、ステンカラーコート全体の典型の形を、上の表と同じ物差しで並べられる資料は、まだそろっていません。そのため表には入れていません。
詳しく見る:どのチェスターフィールド伯か、ステンカラーの説明の違い
よくある質問
Q. 「トレンチ」はどういう意味?
A. trench は英語で塹壕(戦場に掘る溝)を指す言葉とされます。このコートの名前は第一次世界大戦の塹壕に由来するとされ、遅くとも1914年12月には、ロンドンでこの名前が使われていました。
Q. 背中の上のほうにあるボタンは、何のため?
A. 何のためにあるのか、確かめられる資料は見つかっていません(編集部調べ、2026年10月)。背中の上に重ねた布(ストームシールド)のことは、部品の節で説明しています。
Q. 刑事や探偵がトレンチコートを着ているイメージは、どこから?
A. 直接の答えは、手元の資料にはありませんでした(編集部調べ、2026年10月)。挙がるのは、1941年の『マルタの鷹』と1942年の『カサブランカ』のハンフリー・ボガートの姿です。
Q. 女性や子どもも着ていた?
A. 少なくとも米国の店は、戦時中から売っていました。1916年にはニューヨークの店が「男性用にも女性用にも」と売り、1917年には3〜10歳向けのトレンチコートも売られていました。
関連語
参考にした資料(15点)
- [1]高村是州『アイテム 歴史 スタイル 専門用語 デザイン すべてがイラストでわかる ファッション事典』日本文芸社, 2026
- [2]Begin 編集部 編『常識として知るべき「英国の傑作モノ」100選』世界文化社, 2025
- [3]Linda Rodriguez McRobbie「The Classy Rise of the Trench Coat」Smithsonian Magazine, 2015
- [4]Victoria and Albert Museum「Look 5(Christopher Bailey for Burberry Prorsum, Spring 2014)」
- [5]Burberry「Kensington Heritage トレンチコート」(公式サイトの商品ページ)
- [6]Victoria and Albert Museum「1974年のトレンチコート(O1800665)」
- [7]「トレンチコート」『改訂新版 世界大百科事典』平凡社/『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』ブリタニカ・ジャパン(コトバンク)
- [8]Lightning 編集部『Lightning Archives ミリタリージャケット 改訂版』枻出版社, 2019
- [9]「Choosing Kit」The County Gentleman and Land & Water, 1914年12月12日号
- [10]Thresher & Glenny の広告「The “Thresher” Trench Coat」Punch, or the London Charivari, 1915年1月6日号
- [11]Abercrombie & Fitch Co.『Christmas Catalogue』New York, 1916
- [12]Mandel Brothers の広告 The Chicago Daily Tribune, 1915年4月9日
- [13]B. Altman & Co. の広告「Smart Clothes for the Younger Set」Vogue, 1917年10月15日号
- [14]中野香織『スーツの文化史』mountains and clouds, 2013
- [15]「ステンカラー」『デジタル大辞泉』小学館/『精選版 日本国語大辞典』小学館(コトバンク)
誤りを見つけたらお問い合わせからお知らせください。
この記事の作り方: 下調べ・下書き・点検に生成 AI(Claude)を使いました。書いた事実は、上の「参考にした資料」の原文(本の頁、当時の紙面やカタログの画像、Web のページ)を編集部が開いて確かめたものだけで、どの記述をどの資料で確かめたかは編集部の記録に残しています。冒頭と本文のイラスト、図の下絵の一部は生成 AI(Grok)で作り、それぞれの絵と図の下に出所を書いています。AI の使い方について

